すごくいいアイディアだと思う

現代の高校教育って、大学にはいるための予備校機能である部分が強烈だ。あるいは、就職するための職業訓練機関とか。高校教育の独自性などまるでなく、生徒たちは独自性を訴え、就職するときにはすっかりみんな同じ服装ででかけ、参考書通りの受け答えをするのだ。

ノートからごみ出しまで=基本教える必修授業 金沢大、今年度から

「教授が繰り返す部分は重要事項。しっかりメモして」?。ノートの取り方からごみの出し方まで、大学生活の基本を教える授業が、今年度から金沢大学(金沢市)で始まった。背景には、高校までの教育で大学で学ぶための基礎が身に付いていないという実態がある。

授業は「大学・社会生活論」で、半期の必修科目。「勉学や生活にかかわる必要な基本事項を学び、自らの将来像を考える」ことが目標で、ノートやリポートの書き方、図書館の使い方、健康づくりなどを学ぶ。

[時事通信社:2006年05月06日 15時10分]

ノートの取り方とかリポートの書き方はともかく、ゴミの出し方っていうのが、とてもいい。とくに、他地方から進学した場合、現地と地元とのギャップに惑わされたりする。そもそも、大学進学を試みる人々は、自らゴミを出したことがある人なんて、たぶんほんのわずかだと想像される。高校ではそんなの話題にものぼらないことだろう。高校の役割は、生徒を3年間飼い慣らし卒業させ高校卒業の資格を与えるだけなのだ。どんなにテストをしたり課題を出したりしても、どんなにテストの点数が悪くても課題が不出来でも、卒業できない例なんてあまり無い。

そういえば、高校時代には奉仕活動の日があった。どっか河原とかに集合して半日間ゴミ拾う。今でもやってるんだろうか。学校の売名にしか思えないのだが。

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ところで、異年同日付でこんなエントリーもあります。

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