プルトップは、切り取らずに!!(まとめ)
21世紀になっても、「プルトップ 車椅子」などというキーワードで検索している人が絶えない。これは、開始当時の啓蒙活動が功を奏した反面、物事が正しく伝わらないという伝言ゲームのような現象を示しているといえるでしょう。そこで、数あるプルトップ伝説サイトを縦覧した結果、フォトピエール的まとめをしたいと思います。
まず、結論
読むのが面倒な人も、ここだけは忘れないでください。
プルトップで、ただ車椅子をくれる人はいません
プルトップが車椅子に直接変身することはなく、その考え方は「風が吹いた→桶屋が儲かる」と、短絡的なものです。経過をカンタンに書くとこういうコトです。
- プルトップに限らず、アルミ缶は再生アルミ原料(資源ゴミ)として有効
- 廃アルミの取引価格は、45リットルゴミ袋に350ml缶が約100個入り、100個で約2Kgは約200円で引き取ってもらえます
- つまり、10万円寄付したければ、1tの廃アルミが必要で、空き缶約50,000個分
- アルミごみを売ったお金を、寄付しよう!! 買いたければ、車椅子でも何でも買おう!!
ところで、なぜ車椅子を寄付するの?
この時代にそぐわない点が2つあります。ひとつは、プルタブだけを回収している点。もうひとつは車椅子を寄付したがる点。車椅子が不足して困っているというニュースは、全然聞いたことがありません。この点については、次のように考えられます。
- 昔の缶飲料は、開け口が缶本体から分離する「プルトップ」だった。プルトップはごみとして散乱するだけではなく、踏めば怪我をするし、動物が食べれば怪我をするし、海岸や山岳をひたすら汚す原因とされた
- この小さな金属片に付加価値をつけて集めれば、環境美化にも動物保護にもなるぞ!!
- これを目に見える理解しやすい形にするために、少額の現金よりも車椅子を購入して寄付しよう!!
- ……という流れが、昭和にはありましたが、、、
- ところが現在は、ステイオンタブとなり、缶から切り離れなくなった
- だから、わざわざ怪我をするリスクを背負ってまでプルタブだけ引きはがす意味が無い。そもそももともとわずか0.5g=現金換算約5銭=0.05円の価値しかない。
- だったら、缶まるごと集めれば、20g程度以上になるので、回収効果は重量比40倍=2.00円!!
- 昔の風習にただ従うだけではなく、もっと困っている人に手をさしのべよう。たとえば地雷で脚を失った人の義足とか、貧困地域への援助とか、戦争に駆り出される子供を助けるとか、車椅子よりも必要としている寄付はいっぱいあるんだよ!!
……って感じ。あるいは、骨髄バンクのドナー登録とか。骨髄移植手術とか。臓器移植とか。車椅子なんかよりも必要なものは、世の中にいーっぱいあります。
小さいものをちまちま集めて役立てるという運動に、ベルマーク運動というのがあります。ベルマークを集めることを平たく言うならば、およそこういうことです。
- 協賛会社が商品の定価の1%程度でベルマーク基金を作る
- 消費者はベルマーク商品を選択し、ついてきた点数を集める
- 学校単位などで回収し、ベルマーク基金協力会社から、必要な備品を1点1円換算で購入できる
- さらにその購入金額の10%程度が基金としてさらに積み立てられる
- これが、さらにほかの教育援助金として役立てられる
たぶん、こんな感じ。このちまちま感が、プルタブを集めるちまちま感に似ているので、学校関係、とりわけPTAなんかで実態をよく把握しないまま回収に手を出すことになっているようです。
ベルマークとプルタブ回収、ちまちま感は似ているけど、全然違うものですよ!!
廃アルミを現金化して寄付をするのは、とってもいいことだと思います。でも、10万円寄付するために、缶まるごとなら約5万個、缶飲料が1個100円と考えても500万円程度の消費活動から得られる資金です。プルタブだけ集めると200万個、缶飲料が1個100円と考えると約2億円も消費しなくては得られない資金です。
しかも、たとえばプルタブが300個集まったから誰かとりまとめ役に送りたい、と考えたとします。プルタブ300個の廃アルミとしての価値は6円程度。300個のプルタブをどこかに送る送料はいくらかかるかわかりませんが、仮に100円としても、6円寄付するために100円も送料がかかるわけです。だったら、その100円の方を現金で寄付した方が、社会の役に立つと言えるでしょう。
どこかの運送会社が、そのボランティアな輸送を無料で引き受けていると聞きました。それでも、バラバラで預けるわけにいかないので、何か袋に入れることになります。その袋も、無料ではないですね。どっかに落っこちていた入れ物に入れて預ければ、いいかもしれませんが、あんまりちまちま細かいと、配送所のアルミ缶ゴミ箱にまとめて処分されてしまうかもしれません。それでも、アルミ再生という意味では社会の役に立たない訳ではないですから、悪いこととは言えないでしょう。
カンタンにまとめようと思ったけど、やぱしまとまらなかった。あちこちに何度も書いたけれども、寄付される人の気持ちよりも、自分たちの「なかなか達成されない、やってる感」を大切にしている状況が、この意味のわからない伝説を呼んでいるものと推察されます。
参考:単なるウソではなかったプルトップ伝説というわけで、「プルトップは切り取るな」Tシャツを作ってみました
【追記】プルトップ を集めよう!というページに面白いことが書いてありました。これぞ、善意の無駄遣い!! と言うべき内容ですので、ご紹介します。
一般に以下のような理由で、プルトップが回収されています。
- 分別(缶だとアルミ缶でないとダメ。)
- 洗浄(缶だと多少なりとも洗わざるを得ない。)
- 保管(缶はかさばるので邪魔になりやすい。)
- 圧縮(上の写真のように決まった缶のつぶし方がある。うまくつぶせないかも。)
- 輸送(重いから運びにくい。)
つまり「わけるのが面倒くさい」「洗うのが面倒くさい」という、寄付する側の単純なエゴ。そしてかさばって邪魔とか、重いなんていう理由は、なんなんだか意味がわかりません。アルミは結局廃金属として処理されるので、重量が即ち金額です。重いから運びにくくてイヤならば、プルタブだろうがカンだろうが関係ないということです。そして、わずかお茶碗1杯分のプルタブを、どこかに送付するとなると、そのアルミの価格よりも送料の方がはるかに高額になります。だったら、その運賃分の現金を寄付した方が、世の中のためになりますね。
わざわざ長崎の国際交流協会西端塾まで、少量のプルタブを送るならば、その送料を現金で寄付しましょう!!
【こんな例も】神戸朝日会で集めたプルタブの話。結論を言うと、ペットボトル800本分のプルタブで車椅子1台を寄付したそうですが、カンを丸ごと集める運動をしていたら同じ期間で40台の車椅子を寄付できていた運動です。または、1/40の期間で車椅子を寄付できていた運動です。この善意、無駄遣いに認定することが可能でしょう。
【アルミ缶を車椅子に還元する動き】Recycle Designでは、学校単位でプルタブを切り取らずに缶ごとリサイクルして車椅子を寄付するという運動の一助となる活動をしているようです。企業や学校が、プルタブを切り取ることは間違えているということを庶民に対して教育する必要があるでしょう。いや、庶民というよりもまず、世間知らずの教諭や生徒会を教育したらどうかと思われます。
Photo Pierre : 2006年7月17日 21:56
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よく行く郵便局にあるんですよ。プルトップの回収箱。
で、不思議だな~って思ってました。昔と違って缶を開けても手に残らないのに、どうやって取っているんだろうと。
そして「善意」って書いてある気がします。
善意であることはよく理解できるんです。
だから、中止させにくい。
ステイオンタブを引きちぎる時に指先を切りました→救急絆創膏を貼りました。絆創膏は5銭どころぢゃないですよねぇ。救急絆創膏1枚あたり仮に20円とすると、1回切り傷を作るとタブ400個分の損失になるということなのにな。
タブ400個はつまり空き缶400個からしか取れないので、1個100円の飲料とすると4万円分の缶飲料が必要なんだよな。
別の視点から見るとどうなるか?
たとえば、資源ごみ集積所から許可者以外が持ち出すと窃盗の扱いになるそうです。ということは、プルタブを取り外して資源ごみとして提出すると、1/40不足しているということになり、詐欺になるのでは? そのうち市役所に問い合わせてみるか。
プルタブは、たしかに時代の流れで、ちょっと無意味感ありですね。ベルマークはわたしも小中学校時代「ベルマーク係」なる役につき、「自分たちのやっている感」に酔いしれていたかも。冷水器を購入しましたけどね!、4台(各階に1台ずつ)。ちまちま集めること自体は、子どもに「やる気」「根気」を植え付けるある意味教育になるのかも知れませんね? ちりも積もれば山となることをわたしは実感しましたよ☆
ちりも積もれば、を教えるには、ベルマークなどでいいと思うのです。
でも、プルタブをわざわざ切り取って集めるのは、都市伝説を終わらせたくないという意思を感じます(?)。プルタブを集めて車椅子を送ろう!! と言うだけで、なぜプルタブが車椅子に変身するのか、ということを考えたり教えたりするのも、教育だと思いますのです。
ほんと、善意だけに、批判もしづらいのです。
なるほどそうゆー仕組みなんですね。
会社でも集めてる人がいて、「なんでプルタブが車椅子に繋がるんだろうか。 缶じゃなくプルタブとは非効率」とか思って不思議だったのがスッキリしました。
プルタブ集めるなら、ちょっとした普段の無駄を見直そう。って感じですね。
「プルタブの方がアルミの純度が高い」という意見がありますが、出展が明示されていないのがさらに胡散臭いですね。
アルミ再生はまず溶解しますが、500℃くらいなので塗料や汚れは焼き消えてしまうそうです。ただ、保管運搬の衛生上のモンダイとして「すすいでくれ」と言っているそうですが、その「すすぐのが面倒なので、汚れが比較的少ないプルタブだけ」という寄付側のエゴもあるようです。
なんと、地域の大きな病院の食堂にもありました。タブ回収箱。アルミ缶をごみ置き場からかっぱらってくオジサンたちも、こーゆーところで集めると、意外に効率いいかもね。タブだけの方がかさばらないからさー。