全報道機関が同じ場所から同じ方角を見ていることが報道なのだとしたら、中越地震の時のトンネル崩落現場の救出状況の報道とか、超正しかったことになる。でも、みんな同じ(ような)タイミングで同じ(様な)映像を使って同じ内容を伝えるのであれば、代表取材でいいわけだ。皇室報道を完全受容するわけではないが、あの代表取材制度って、ある意味理にかなっている。
各社独自の視点なんて、無いからこうなっちゃうのだ。
そして、そのように、おなじ場所から同じ方角を向いて何時間も偉そうに待機している烏合の衆には、ちゃんとしていない人が含まれる割合が他の集団と同じなのだ。たぶん。ニンゲンが集合すれば、ほぼ普遍的な割合で出来損ない含まれてしまうと言うことなのかもしれない。
報道機関って、本当に市民の役に立っているのかと問えば、それはたぶん間違えで、会社の利益とスポンサーのご機嫌とりの役に立っていると答えるのが正解なのかもしれない。
そういえば、御巣鷹の尾根の登山口に駐めたい放題の報道機関を告発したニュース(2005年08月14日)を思い出した。ネット社会なので、「そのニュースの“現場”」を伝えることが可能になりましたし、必要性が高くなってきたと言えると思われます。動画も撮ったり加工したり発表したりということが簡単になってきましたので、説得力増強のツールとしては有効かもしれません。
今後は、取材者もブルジョアになってきてしまったので、取材時には被取材者の立場でもあるということを……まぁ、憶えてらんねーだろな。
via : 長久手立てこもり事件(その2) マスコミ取材班の素敵な喫煙マナー(社名まるわかり)
DA[blog]:Photo Pierre






コメントする