2007年12月24日
クリスマスが通り過ぎるのを待ちわびる
あと何十時間かの辛抱。というわけで、クリスマス雑感。
イルミネーションって
榛名湖イルミネーションフェスタ'07に行ってみた。時期が冬至(今年は12月22日)で、昼間がもっとも短いこの季節の夜間景観を創り出し、楽しみましょうという動きなのだと思っていました。でも世の中的にはそんなことよりも、クリスマスがメインでその飾りにイルミネーション、となっているらしい。何故そう言い切ってしまうかというと「音楽がもっとクリスマスっぽいのならいいのになー」という声を、榛名湖の会場でたくさん耳にしたからです。
そういえば、ネットでも「ニッポンではイルミネーションに一所懸命だけれども、だからといってクリスマスを本気で祝っているのか?」という発言が散見される。
- 消費電力、前年比40%削減!クリスマスイルミネーション点灯。......など
そもそも、言葉遣いが「クリスマスイルミネーション」という言い方になっているし、そういえば高崎のあのデパートのイルミネーション装飾も、26日には撤去されるんだっけ。
高崎市役所周辺でのたかさき光のページェントは、右寄りだか左寄りだかのヒトたちの苦情だか苦言だかありがたいご進言だかがあったりして、1月はじめまで点灯してるっていう話です。お正月だって人出を考えれば、当然ですよね。
ケーキは高騰してる?
ケーキの価格について、普段から注目していませんが、さきほどチョイ高級スーパーに買い物に行ったら、6cm×6cm×5cmくらい(推定)のケーキが¥882でした。1ダースとか、1Kgではなく、1个。これって、高すぎない? それとも、このチョイ高級スーパーでは、いつもの価格? そもそも何故にクリスマスにケーキを食べなければならないのか、その必要性についてあまり説明されていません。ケーキなんて、普段から食べればいいのではないか、とか。
たくさんのニワトリがバラされております
何故にクリスマスにチキンを食べなければならないのか? それなのに何故に焼き鳥ではダメなのか? どうしてローストターキーとかグリルドターキーは町で見かけることがないのか? 疑問だらけです。
いつだったか、キリスト教圏の七面鳥料理はニッポンの尾頭付きみたいなもんだよ、と教えてもらったことがあるような(無いような)気がします。だとすると、ローストターキーをクリスマスに食べるというのは、宗教上のお祝いの日に、お祝い料理をいただく、ということですね。きっと。でも、クリスマスイブのディナーではなくて、クリスマスのディナーですけど。
ニッポンは唯一神を国民を上げて祝福するということがないいわゆる多神教なので、「この日に尾頭付」と決まった日がないですねー。お魚協会とか、そーゆーマーケティングをしたらどうだろう。「土用の丑の日はうなぎ」とか、江戸時代からのコピーをいまだに使っている業界なので、新しい何かを創出するのは困難をきわめそうですが。
でも、それが何故にニワトリ? 欧米の真似をするのがカッチョイイのなら、七面鳥料理を山盛り作って年内はそればかり食べ続けてみたらいかがか。
プレゼントぉ?
クリスマスにプレゼント、という習慣も、商習慣としては体にすっかり馴染んでいますがその理由について考える機会がかなり少ないと思います。伝承では、セントニクラウスさんがビンボーな家の煙突にコインを投げ入れたというのが発祥とされているという説があるそうです。だからサンタクロースがプレゼントをしてくれるわけなんだけれども、その聖人も本当にいたかいなかったかは別としても現在ではおられないようなので、家族や友人の間でプレゼントが交換される、と。
大量消費の時代にはそれでもよかったのでしょうが......クリスマスプレゼント製造国の新聞は、こんな見方を掲載しています。
(略)クリスマスプレゼントに購入する玩具の80%が中国製。本物そっくりのクリスマスツリーの80%も中国製。なんとイエス・キリストの生誕図までもが中国製だ。
(略)昨年の中国製クリスマスツリーの売り上げは、1億3000万ドル。中国から海を越えてやってきたキリスト生誕図にも、米国人は3900万ドル以上支払ったという。
ブラウン所長は、中国人にとってクリスマスは「稼ぎ時」や「利潤」「貯蓄」を意味するのに対し、米国人は「支出」「浪費」「赤字」を意味すると説明。大量消費社会の中で未来への投資の意味を見失った米国人に警鐘を鳴らしている。(翻訳・編集/本郷智子)
ラヂオもそろそろ
12月になるといわゆるクリスマスソングを繰り返し聞かせるFMラヂオ。それももうちょっと辛抱すれば......
×マスって何よ?
×mas、と表示するのは、どうもニッポンだけの習慣のようですね。これ、無理に英語っぽくすれば「クロスマス」だ。そんな英語は、近田ボビーさんのニッポン語みたいで、オモシロいですね。......なんてコトに、誰も気がつかないのかもしれません。
西ヨーロッパやとくにア〆リ力に憧れるニッポン人。その姿勢をみれば劣等感に包まれている黄色いホモサピエンスたちに哀れみを感じないこともないけれども、他の宗教の真似っこはダメなのかなぁ? 世界にはたくさんの宗教があり、その宗教にはたくさんの宗派や流派があって、それぞれの生活に根ざしているわけです。しかし、ニッポンで「宗教」といえば、政治を裏から操作したり、カネ儲けの道具だったり、または葬式と結婚式のための盛り上げツールでしかなかったりするわけです。そうやってカネに執着する日本人の宗教の総本山は、東京都中央区日本橋本石町2-1-1あたりで、ようござんすか。
冬至と重なるのがクリスマスだけではなくて、年賀状書き。年賀状には、「A HAPPY NEW YEAR」って英語で書くヒトが大勢おられますが、それでは「幸せな新年」という意味ですから。不定冠詞「a」を付けることで名詞「year」を言っています。「おめでとーっ」という意味にするならば、「HAPPY NEW YEAR」ですね。不定冠詞「a」を付けるのか付けないのかと悩むヒトがたくさんおられるようですが、べつにどちらも間違えではないと思われます。「あけましておめでとう」って言うか、「あけましておめでとうございます」って言うか、「謹賀新年」って言うか「恭賀新春」って言うか......という程度のコトではないかなぁ、と。
- 2006.12.24 「花びらパイ」と「チョコまん」
- 2006.12.24 世論「貧乏人は議員に選びません」
photopierre : 2007年12月24日 14:52
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