竹垣風の何か

竹垣の見た目の良さは、多くのニッポン人が気づいているようだ。でも、竹垣は2年に1度は取り替えねばならず、メンテナンスフリーこそ最上のモノという考えのヒトたちには肌が合わない。だから、飲食チェーンとか現代式住宅などでは、ニセモノの竹垣というか、竹垣風の何かが使われたりすることが、珍しくない。

有楽町駅近くの街路

有楽町駅の近くのある街路も「お、竹垣?」って思って見てみたら、竹垣風の何かでした。

その筋のヒトからすれば当然のことなのでしょうけれども、竹垣の両端の木杭まで、木杭風の何かでした!! だったら、その木杭は不要なんじゃね? そこまでするか。飽くまでも、ニセモノで本物風の演出をすることが大切で、木杭を使うことはNGだ、と。

まぁ、まったく解らなくもない。竹はともかく、木杭はやたらな木材から作ると害虫被害が拡大する可能性もあるからだ。たとえば、右も左も湧いていた高度成長期に高速道路建設するために、その建設材料の一部に木杭ももちろん使われていたけれども、木杭になるような木材は安物とか端物とかだ。そして、その木杭に付いていたマツクイムシが、全国の高速道路沿いに拡散したという話は、実際にあまり語られない。

ただ、竹垣に使うような杭は焼いてあったりするわけだけれども、数年しか使えないそんな杭にカネ出すならば、10年くらいは使えそうな「木杭のような何か」に投資したくなるのだろう。目先の金額が気になるから。

竹垣風の何か

近づいて見てみると、竹と杭が「それ風の何か」なだけじゃないことがわかる。棕櫚縄すらナイロンか何かの紐だ。

竹垣を作ると、実際には、木の杭+竹の棒+シュロ縄。すべて土に還りやすい材料だけで完成する。でも、この竹垣風の何かを見ると、芯にナニが使われているかわからない。表面に貼ったり塗ったりしてあるものもわからない。ヒモは土に還る物質に見えない。つまり、これを廃棄することになったら、ニッポン人が大好きな分別をしなければならないだろう。

でも、実際には産業廃棄物としてどこかの処理場へそのまま埋められるのだろう。1000年後とかにその産廃処分場のことが思い出されて掘ってみたらいろんなゴミでるぜ。しかも、ほぼ原型のまま。

竹垣として竹を消費することは、実際には竹山の保護にもつながる。群馬は山だらけなのでいくらか竹林もあるけれども、そのほとんどが荒れ放題。誰も手入れしないからだ。健全な竹林は傘を差して歩ける程度がいいと言われているけれども、傘さしてなくても分け入るのが難しいくらいの密竹林を見かける。

さーて。どこから手を付けるべきかわかりませんが、やはり銀座とか人々が注目されるような所や、頭おかしいけれども発言力がある有名人の身の回りから手をつければ効果が高いんだろうけど。

おっと……。まさか、この植栽までフェイクじゃないよね?

【リンク】桐生の竹垣展示

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