「NO MAN'S LAND 創造と破壊@フランス大使館」

2010年02月15日 公開

NO MAN'S LAND引っ越してもぬけの殻となった元フランス大使館を使って、取り壊し前提のアートイベントが開催されていました。知ってました? 知りませんでしたさ。11月26日からの木・金・土・日を使って公開されていたということですが、友人のブログを見てそれを知ったのは1月最終週。

ところが、イベント期間は1月31日まででした。そのときは「もう、あと土日しかない!」と思い、見物をあきらめていましたが、なんと会期延長。2月18日まで開催となりました。ということで、月・火・水は休館なので、残るは2月18日木曜日の最終日のみ。

すごい。人気が高いため延長、ということになっていますが、取り壊した跡に建つ定期借地権付マンションの話が遅れてるだけかもしれませんけど。

というわけで、行ってきた。入場料は無料だけれども、募金を促される。ナントカパスポートは¥500だったけれども、何が書かれているのかはわかりません。

実際のところ、アートイベントには殆ど興味が無い。現代アートの展示を見ても、たいていグッと来るものが無い。だいたいどれも傾向が似てたり、今までに出尽くしたアイディアを組み合わせて再構成しているだけだったりするからだ。あるいは、発想はいいのに明らかな資金不足とか。構成を説明するテキストは上手なのに、作品がその体を為していないとか。

  • 意見には個人差があります

でも、どんどん壊して建て替えていくという興味深いニッポンの文化により、取り壊しが決定している元フランス大使館の建物や築庭にはたいへん興味がありました。大使館を気軽に撮影できる機会もなかろうということで、行ってみた。

フランス大使館入口

10時スタートなんだけど、10時になっても開門されない様子? そういう「わずか数分」のことにこだわらないのは、フランス人気質か。 思いの外、混雑していない様子だけれども、赤いカラーコーンとそれを渡すヒモがイケてない。

そういえば、撮影するにあたり事前に届出をしたかったのですけれども、問合せ先が不明。ウェブサイトは撤去済み。友人に訊いても、知人に訊いても、そんなもん 知らん、 と。ただ、行ってきた友人は「テキトーにみんな撮ってた」と言っていたし、グーグル先生にお尋ねしたところ、会場内で撮影した写真がポロポロ出てくるので、取り敢えず 行ってみることにした。

行ってみたら、プロのヒトもフツーのヒトも、撮り放題になっていたので、撮らせていただきました。

なお、アート作品についてはよくわかりませんので、いちいち解説などは付けません。どうしても興味があるので連絡したい、などの事情がある場合は、在日フランス大使館発行と思われる¥100の印刷物が見つけられる限り、その内容を読んでお知らせすることは可能ですが、主催者に質問したほうが親切かもしれません。

領事館入口の扉 大使館入口の扉
入口前 車寄せ下の展示 コンセントはフランス式

なお、入り口を入った建物正面のパノラマVRは、酔狂なヒトがすでに制作・公開済みですので、省略しました。

【リンク】フランス大使館グーグル先生

NO MAN'S LAND 創造と破壊@フランス大使館 最初で最後の一般公開

  • 2010年2月18日まで
  • 木・金・土・日曜日、午前10時~午後6時
  • 入場無料(募金箱への募金を促されます)

是非、ご自分の目でご覧いただきたいです。お出かけになって、その場の空気を吸ってきてください。

ところで、新しいフランス大使館は、どこにどんな佇まいで建ってるの?

それから、解体風景をどなたかダダ漏れしてくれませんか! できれば、ライブモーションVRとかで。「創造」パートは見た。だから、「破壊」パートを見てみたい

完全に蛇足とは思うけれども、メモしておかなければ忘れちゃうと思うので、個人的備忘録としてメモ。

アートの展示イベントは、アーティストとイベンター(またはプロモーター?)を完全に分けた方が、見る側としては楽しめそうだ。この度のイベントは、芸術家の考えとセンスだけで展示されているように見える。そうなると、どんなに素敵な作品も中学高校の文化祭のあのみっともない展示とさほどかわらない。

床が汚れているのはライブ感なのか、何かの狙いがあるのか、不明。でも、床は掃除されていたほうが気持ちがいい。あの散らかり方では、どこかにダンボールがガムテープで貼り付けられているのではないか? と、心配になる。観客に何か心配をさせるのは、表現者として失格っ! ……とまで言わないとしても、もうちょっと配慮するという方法も無いことはないだろう。

でも、表現者は表現することに集中してもらいたいとも思う。だから、表現者をサポートするために、展示者が必要なのではないかと思う。「その作品が生きた状態で観客に触れられるようにするようにしてくれる、誰か」が必要なのだ。

「ボランティアのヒト」と呼ばれているヒトが何人もいたけれども、それは作品が壊されたり、事故が起こっていないかを確かめるばかりで、作品をよりよく見せるためのヒトではない。そういう意味では、芸術や数学が隆盛したあの時代には、芸術や学問に完全に打ち込める環境を維持するために奴隷が役に立っていたということなのかもしれない。奴隷を肯定するわけではないけれども、奴隷役の何者かが必要であることは確かなのではないかと考えてみる。

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