大船渡に行ってきた

2011年07月01日 公開

以前に出向していた客船の運航会社社員から「いつも大歓迎してくれる大船渡に恩返しに行こう!というプロジェクトを立ち上げたので行かないか」とお誘いいただいたので、行ってきた。受け入れ先は、大船渡の港湾経済課。(客船寄港に直接関わっている部署のようです)

陸上社員・海上社員・元社員と、その家族、元乗組員などの約30人で参加となりました。横浜出発は午後9時、到着は午前7時。

東京空港交通

どうして東京空港交通というチョイスになったか、訊いてみるのを忘れました。たぶん、他社と比較すると荷室が阿呆みたいにデカいからではないかと推測しています。実際に朝になってから「荷を下ろすから集合せよ!」となって運んだ荷物は、

荷を運ぶ

「こんなに積んでたのか!」と驚くばかりの量だった。

力仕事よりも盛り上げ隊を

会社の営業職が地元の港湾経済課と話をつけたということのようですが、当初予定されていた「力仕事」班結成よりもみんなで盛り上げて欲しいという要望だったそうです。想像するに、力仕事は単発よりも継続性が必要なのではないかというところかと思います。

盛り上げるのは、客船運航会社(とくに海上職員)の得意分野なので、ちょうどよかったのではないでしょうか。このイベント開催については、地元紙でもPRされたようです。

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おそろいのオレンジ色のシャツは、バスの色に合わせたそうです。というのは冗談で、前向きに元気になれそうな目立つ色ですね。

オトナはともかく、コドモには大いに盛り上がってもらえた

推定300人ほどの方にご参加いただいたようです。しかし、実際にはこのようなイベントに参加できないほど落胆している方がもっともっとおられるはずです。元気だけれども遊ぶ気にならないヒトもたくさんおられるでしょう。でも、イベントに参加した方々が地元で「こんなイベントに参加してきたよ」と語ってもらうことで、少しずつ笑顔を取り戻してもらえないかと感じました。

繰り返しやることが必要なようです。同じヒト・同じ場所じゃなくていいので。いろんなヒトがいろんな趣向で。

それにしても、コドモたちは楽しそうでした。駄菓子やドリンクを配布したこともあるのでしょう。また、わさビーフの会社もポテトチップを揚げに来てました。「どんだけ遠くから来てるの!」と女子中学生につっこまれました。春日部とか横浜が遠いということを認識してもらえただけでもオッケーです。

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輪投げの景品に缶詰を用意するなどのアイディアも喜んでいただけたようで「あー、こういうの助かる」と言っていた若い女性の表情がかなり本気でした。衣料品などの物資配布の横で和やかにイベントは進行していました。

それでも、被害が甚大なことには変わりない

たまたま天気が良く、高台にあって避難所ともなっている、被害が少なかった安全な場所でのイベントなので、参加された方の表情は明るいのですけれども、一歩港に近づくと、まだ手を離して喜んではいけないのだと痛感させられます。

大船渡港野々田埠頭

客船も着岸する、大船渡港野々田埠頭6月25日朝の様子です。ほぼ北に向かって撮影。青い四角い看板の近くが大船渡駅の方向です。港湾施設のみならず、民家、商店などが軒を連ねる地域だったと思います。流されることなく残った建物も、使い物にならないものが多いようでした。

野々田埠頭近辺では、信号機すらまだ点灯していない状況。

陸に押し上げられたタグボート

かなり大きいタグボートも岸壁から600mほど押し上げられてしまったまま座礁していました。

ただし、道路はかなりきれいになっていました。一部、大型車が通れない様な橋があるものの、国道45号は信号と路面状況に気をつければ自動車で走行できる状態でした。

いずれにしても、支援が必要な地域が、かなり広範囲にわたっているということです。たまたま、その客船が毎年寄港しているという理由で大船渡に行きましたが、その他の地域でもまだまだ力仕事をはじめ、いろいろな方角からの支援が必要です。支援する側・される側のマッチングがうまくいけば、ニッポンはみるみる回復できるのではないかと感じさせられました。

【リンク】岩手県大船渡市大船渡市ツイッター

この度は、クルーズ会社社員および関係者の有志が実行し、会社の業務ではなかったとのこと。実際、打合せ等は昼休みや終業後に行っていたそうです。そのような多忙な中、元外注業者従業員をよく思い出して誘ってくださったな、と感心します。ありがとうございました。

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