大日向の火とぼし 観光客が見ていない部分を説明します

2014年08月16日 公開

群馬県南牧村(なんもくむら)に約400年伝わると言われる火祭。当時の支配者である小幡氏に反抗した村民は、上州に攻め入る武田軍に加勢し、多くの松明を振り大軍勢と見せかけて小幡氏を追いやったとか、小幡氏を追いやった戦勝歓喜の表現だとかいろいろ言われています。

毎年、8月14日15日の2日間行われています。

大日向の火とぼし

しかしみんな大日向橋の様子しか見ていないような気がしているので、その他のシーンについて少し紹介します。

まずは、多くのヒトが注目する、大日向橋の様子。

火を持って下りてくるこどもたち

夕方(だいたい5時過ぎ?)に、ぞろぞろと子供たちが火とぼし山に登っていきます。そこで火をもらい松明をかついで下りてきます。

橋の下のこどもたち

重力方向に円を描く大人たち橋の上。橋の下では、重量方向に並行に円を描くこどもたち。

火祭りの締めくくりに練り歩き

大日向の火とぼし:練り

川の右岸から、こどもたちは灯籠を持ち、おとなたちは笛や太鼓を鳴らしながらゆっくり歩いてくる。大日向橋上で止まった後に左岸に渡り、安養寺の山門を入っていき、念仏を唱えて「火とぼし祭り」はおひらきとなるのです。

大日向の火とぼし:練り

背中合わせに歩くのは仏を送る形式で、つまりもとから2日目の晩に行われていたと考えられています。……というか、1日目に行ったことがない。

大日向の火とぼし:練り

昔は、山門を入った後も夜通し酒を酌み交わしたということだったようです。

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